—中期経営計画「PASSION 2026」の進捗評価
村田:中期経営計画「PASSION 2026」は、前中期経営計画「PROUD 2020」から、単年度計画「2021年度経営計画」を経て、2022年2月に公表しました。
コロナ禍をはじめとした先行き不透明な事業環境の中で、クラレが中長期的に成長していくためにはどうすればよいかを、単年度計画期間の1年をかけて議論を進めました。計数目標は慎重に定め、定性的な「3つの挑戦」についても議論しました。
田中:一方、先行き不透明な事業環境の中で得た気づきもあります。それはクラレが持つ製品力の強さです。原材料コストが上昇した分は企業努力をした上で、適正な価値として販売価格に転嫁することを、マーケットや顧客に認めていただきました。
三上:私は2024年から社外取締役として参画していますが、田中さんがお話されているとおり、クラレの強みは他には代えがたい製品力だと思います。言い換えると、ニーズに先駆けて新技術の開発、設備投資を遅滞なくやっていく力がある、ということです。その積み重ねが、高いシェアを誇る圧倒的な製品の強さを築き上げ、結果として価格転嫁を実現できたのだと思います。
村田:経営において、事業環境が刻一刻と変化していく中で、常に先々を予測しながら適切な判断がなされていると評価しています。「PASSION 2026」策定当時に掲げた最終年度である2026年の売上高・利益目標に対し、おおむね達成の見込みとなっています。
田中:事業環境の変化については、ここ数年で新型コロナウイルス感染症が収束し、米国エバール工場火災事故の訴訟が終結しました。未だウクライナ・中東情勢や米国政権交代による影響などの懸念はありますが、策定当初より見通しが少しクリアになりました。本年度は現中期経営計画最終年度となる2026年に向けて、進捗を評価する好機だと考えます。
村田:今後の課題として挙げるならば、コロナ禍の影響によりイソプレン関連事業のタイ新プラントの立ち上げが遅れ 、また世界情勢の変化により事業環境も大きく変化してきたことを踏まえて判断していくことが重要と考えています。
三上:加えて、事業ポートフォリオの高度化も重要です。ここ1年で取締役会でも議論を尽くしており、採算性の観点から一つひとつの事業を非常に厳しく評価しています。2026年度に向けて事業の選択と集中を進めていく最終段階に入ってきています。
田中:事業ポートフォリオについては、大きく2つの課題があります。
まず、先ほど話に上がった価格転嫁については 、主力事業であるビニルアセテートで成果が上がり、強い事業がますます強くなったことが分かります。一方で、主力以外の事業の収益力を上げ、収益基盤の裾野をもう少し広げる必要があるでしょう。その打ち手として、村田さんがお話された、イソプレン関連事業のタイ新プラント立ち上げなど大きな投資はしていますが、想定どおりの結果が出ていないことが課題です。
もう一つの課題は、事業の構成の組み換えです。なかなか収益に結びつかなくても粘ることがクラレの良さでもありますが、やはり見切りをつけるタイミングの見極めが大切です。三上さんがお話されたように、この1年でかなり動きが出てきていますが、筋肉質な事業体質を築く上で大切な議論だと考えています。
三上:集中する事業という点で、期待しているのは活性炭です。PFAS規制の強化を受け、米国を中心に精力的に設備投資が行われています。PFAS規制の波は、今後全世界に広がると考えています。活性炭世界最大手の米国カルゴン・カーボン社のM&Aを含めた試みがようやく実を結びつつあります。今後のアウトカムにぜひ期待したいところです。
田中:並行して、「3つの挑戦」にあるように、収益基盤を支える人材などの非財務分野についても引き続き力点を置くことです。特に、R&Dに関しては 、社内外アライアンスなど、あらゆる方向性から、新しいものをつくっていくことが大 切です。人 材やDXの活 用 などはすぐに数 字に表れるものではありませんが、たゆまなく地道な努力をしていくのがクラレの良いところです。これらの成果は、 次期中期経営計画のタイミングで表れてくると期待しています。
— 取締役会の実効性向上に向けて
三上:取締役会においては、忌憚なく意見を交わし合い、議論が活発に行われていると評価します。執行側が事業課題を自身の意思としてしっかり言葉にして、具体的に説明しているため、私たちも非常に分かりやすいです。今後は、企業価値向上のための新分野の開拓、R&Dの中身についてより本質的な議論へと発展させていきたいです。
田中:率直な議論ができている点については、三上さんに同意します。私たち社外取締役の意見や、異なる意見についても、しっかりと聞く耳を持つ姿勢が定着していると思います。
また、伊藤会長の議論の主導がすばらしいです。執行役員と社外取締役とでは視点が異なるので、論点整理に適切なサポートをしていただいています。
村田:取締役会での議論において、時には社長から、担当役員の意見について見解を述べていただくこともあり、私たちの理解も深まっています。
また、社外取締役への現場視察の機会や取締役会の事前情報共有もしっかりなされています。事業所を訪問し、工場を見学し説明を受けるとともに、事業再編部門の現場担当や、若い従業員の方々とも話す機会を持つことができました。
田中:経営諮問委員会については 、2024 年度から私が委員長を務めています。議論の中心は 、役員指名と役員報酬についてです。報酬に関しては 、もとより全社や事業分野ごとの業績を変数としたフレームワークに基づき算出されており、その水準や構成について同業他社や類似企業のデータと比較しています。クラレらしいのは 、従業員との格差が大きく広がらないように、ベンチマークを使いながら毎年の報酬のあり方を議論しているところです。
なお、今後の議論の俎上に載せるとすれば、社長サクセッションプラン(後継者育成計画)への関与があります。少し早めの段階から将来社長となり得る候補者を人選し、必要な経験を積ませることで、ベストな選定につなげられる仕組みをつくることです。急に全ては変えられないので、段階的にそのプロセスへと近づけていくため、私たち社外取締役にできることがあると考えています。
— ステークホルダーの皆さまへ
三上:昨年末に倉敷に行き、語らい座 大原本邸(旧大原家住宅)を訪ねました。本邸には大原家の名言を独創的な短冊で表現した展示があり、中でも『現在と過去を整理するのは、未来のためだ』という言葉に目を惹かれました。
振り返ってみれ ば、クラレは祖業の繊維から始まり、高分子化学であるポバール、〈エバール〉へと劇的に事業構造をシフトしてきました。自分たちの事業の軌跡を振り返って整理し、「これだ」と思った新しい事業に情熱を注ぎ、未来を切り拓いてきた歴史があるのです。私は、従業員の皆さんとのコミュニケーションを通じて、その精神が根付いていると感じています。これは非常に魅力的な社風だと思います。
残念なことは 、化学メーカー全体が株価低迷する中で、クラレの企業価値も実力相当の評価をいただけていないことです。これは 、クラレの魅力や強みをしっかりとステークホルダー の皆さまに伝えきれていないことも要因の一つだと考えます。特に化学メーカー は 、事業の特性から、専門的な仕組みや中身など分かりづらいことが多いものです。ステークホルダー の皆さまのご理解のために、私たちにできることが質・量ともにあると考えます。
村田:クラレはかつて、「未来に化ける新素材、ミラバケッソ。」というキャッチフレーズを採用したCMを流していました。当時、大学で教鞭をとっていた私は「何をつくっているかはよく分 からないが、将来性のある何か良いものをつくっているのだ」と思ったものです。世界トップシェアの製品をつくるクラレの優れた点をぜひ一人でも多くの方に知り、理解していただければと思っています。
また、女性従業員の活躍についても、引き続き提言していきたいと思います。化学メーカーということもあり、女性の従業員数自体はまだ少ないですが、三上さんとも一緒に、女性の従業員の方と意見交換する場を積極的に設けており、実際に話をすると非常に優秀な方がいます。性別などに関係なく優秀な人材を生かしていくことが、人的資本を向上させ、クラレの中長期的な成長の実現に寄与すると考えています。
田中:「世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる」というのは、決して離れ技をやるという意 味ではありません。新しいものを生み出し、時間はかかるかもしれないが、苦労しながらも世の中のためになる結果を出す。それが、クラレの良いところだと思います。
ただし、世の中が加速度的に変わっていく中で、「世のため、人のため」に求められるニーズもどんどん変わっていきます。それを的確に捉えていくためには、やはりステークホルダー の皆さまとのコミュニケーションが非常に大事ですし、その継ぎ目となるのが、私たち社外取締役の大きな役割の一つだと考えています。
株主をはじめステークホルダー の皆さまには 、クラレという会社を信頼して、中長期目線でサポートしていただきたいと思います。短期的には想定どおりの結果が出ないことも時にはあるかもしれませんが、クラレは中長期的な取り組みを通じて、確かな結果を出してきた会社です。ステークホルダーの皆さまにいただいたご意見は、しっかりと取締役会で議論し、企業価値向上に反映させていく所存です。
クラレらしく成長ストーリー を歩んでいけるように、私たち社外取締役も尽力してまいります。今後のクラレにぜひご期待ください。