国産のスーパー素材、<ジェネスタ>

国産のスーパー素材、<ジェネスタ>

ストーリー02 営業

太田 啓一 ジェネスタ事業部 営業部
法学部 法律学科

採用実績ゼロの自動車業界に秘策をもって挑む

 西条事業所で生産した〈ジェネスタ〉は、当初全量が電気・電子業界向けに供給された。加えて、2006年ごろから自動車産業向けの需要が発生したことから、2008年に鹿島事業所に新たにプラントを建設。生産量はさらに拡大した。
 電気・電子業界での市場開拓と同様、自動車業界でのルート開拓は苦戦の連続であった。柏村は国内、海外の自動車メーカーを次々に訪問しては売り込みに奔走した。ある年などは150日間、海外出張というときも。「まさにじゅうたん爆撃といった営業。しかし、それでも引き合いを得られず、打率ゼロの日々が続いた」という話から苦戦のほどがうかがえる。
 新たに専用プラントができたにも関わらず、十分な需要を確保できない。これに柏村は焦った。しかし、じゅうたん爆撃はけっして無駄ではなかった。自動車産業をつぶさに見て回る中で、「顧客に張り付いてニーズを引き出す」ことの重要性に気付いたのである。

 そこで柏村は2009年に一発勝負に出た。ある自動車メーカーの本社近くに精鋭の営業担当3名を常駐させたのだ。そして本社に日参させてとことん張り付いては、ユーザーのニーズを吸収させたのである。
 この時、営業担当の一人に指名されたのが入社5年目の太田啓一である。彼は入社した翌年からジェネスタ事業部の配属となり、市場が拡大していた電子機器分野の従事していた。そこでの実績を買われて、自動車分野の市場開拓に抜擢された後、メーカー専属の営業担当に指名されたのだ。
「電子機器分野で〈ジェネスタ〉の需要が拡大していたとはいえ、自動車で本当に採用されるのか、当時は全く予測できませんでした。まさにゼロからの挑戦だったのです」そう、太田は話す。
 そもそも自動車業界において、新素材の採用はきわめてハードルが高い。なぜならば、自動車は人の命を預かるもの。だからこそ、数年にわたる厳しい性能試験などを経る必要があり、たとえどんなに有望な素材であっても、すぐに採用ということはまずあり得ない。 太田は2005年に自動車分野の担当になって以来、開発や生産の部門と連携して、市場の開拓にあたった。
 自動車業界には、最終製品を作るメーカーをはじめとして、3万点にも及ぶ部品の製造を手がけるメーカーなど多数のプレーヤーが存在する。部品の素材を提供する立場であるクラレとしては、部品メーカーへのアプローチが中心となるものの、自動車メーカーとの関係づくりもきわめて重要だ。特に世界でトップシェアを争う規模を誇るメーカーの、それも自動車の心臓部といえる部品に用いる素材だけに、顧客の開発から製品、品質に至る各部門との信頼関係をいかに構築するかが売り込みの大きな鍵となる。クラレにとって未知の市場をどう切り拓くのか、若い太田にとって大きなチャレンジであった。

「何よりも採用の実績がないというのは大きなハンデ。しかも、自動車の重要保安部品などは既存の部品メーカーががっちり固めていて、今さら新規の樹脂素材を提案する余地など皆無と思われました」

 一方で、太田は自動車メーカーの開発担当者などと話をする中で、「実は新規の樹脂製部品に関心が高いことを肌で感じ取った」という。自動車をめぐる燃費規制がさらに厳しさを増す中で、燃費の向上のために車体の軽量化が必須課題。そのため、各部品の重量を1グラムでも減らすことに各社がしのぎを削っていた。 「各社とも新しい物の採用に慎重を期する一方で、新技術はどんどん取り入れなければという危機感があり、〈ジェネスタ〉を提案する余地は大いにあると読んだのです」  どうすれば新参の素材メーカーが自動車メーカーや部品メーカーの信頼を得ることができるのか? そこで太田らが取り組んだのは、正確なデータに基づく徹底した実証である。耐熱性や耐久性など、採用を検討する上で課題となる要素について、あらゆる試験を実施してはその結果をレポートにして提出したのである。なかには「1万5000時間 (約21ヶ月)に及ぶ試験をおこなったこともある」というように、他社では手を出しにくい試験にも果敢に挑んだ。これによって採用実績がないことの不利をカバーしたのである。

「リーマンショック」の影響で二度目の挫折を味わう

 太田が自動車分野に関わりだした2005年当時、すでに先輩の営業担当が苦労の末に〈ジェネスタ〉の基礎評価を自動車メーカーに提案し、ようやく成果を出していた。これを踏まえて、試験データをもとに売り込みを図った結果、新型モデルでの採用に向けた開発がスタート。2006年秋には「ついに採用か」という段階までこぎ着けた。ところが、新車の設計が急に変更になったことが災いし、〈ジェネスタ〉の採用は見送りとなった。それでも翌年には新たな新型モデルへの採用に向けた開発が始まり、「今度こそモノになる」と太田は意気込んだ。
 これに水をさしたのが、いわゆる「リーマンショック」だ。世界規模での金融不安は製造業にも深刻な影響を及ぼし、自動車メーカーでは新型モデルの開発が相次いで頓挫した。〈ジェネスタ〉を採用する予定だったモデルも例外ではなく、開発中止となってしまったのである。
 二度の挫折に楽天家の太田もさすがに落ち込んだ。前任者を含めて足かけ7年にわたる営業活動にもかかわらず、成果を出すことができない自分が情けなかった。会社の上層部からは「自動車分野はひとまず手を引いてはどうか」とまで言われた。

 これに対して、2009年に柏村が仕掛けたのが、前述の自動車メーカー本社に営業担当3名を張りつかせるという思い切った戦略だ。柏村は「〈ジェネスタ〉はこれからの自動車産業で軸となり得る新素材。ここで勝負しなければ、未来を拓くことはできない」と、太田らを叱咤激励して送り出した。
 2009年4月に開発中止となり、本来であれば、開発は仕切り直しとなるところだが、「本社張りつき」が奏効してその年の11月、別モデルへの開発参画を勝ち取ったのである。そして、1年以上経過した2011年1月、夜8時を過ぎた頃に太田の携帯電話がなった。顧客からの電話であった。
「いやー、ドキッとしました。こんな時間にお客様から電話が来るなんて、何か緊急事態でも起こったのかと…」
 電話は、〈ジェネスタ〉が新型モデルの部品用素材として正式採用されたことを伝えるものであった。
「お客様が社内会議の結果をすぐさま伝えてくださったのです。これはうれしかったですね。製品を信じて誠意を大切にしてがんばった結果だと思っています」

難しい課題で粘り強く解決の糸口を探り続ける

 2011年の暮れ、自動車部品向けに〈ジェネスタ〉の量産が本格化した。これを機に燃料系や冷却系、摺動系などの部品で採用が相次いでいる。安全走行に欠かせない重要保安部品などの分野におけるクラレの躍進はまさに画期的であった。2020年までに〈ジェネスタ〉の自動車向けの需要は、2016年現在の約2.5倍をもくろんでいるという。
「今後、数百万台規模で採用となる可能性もあります。かつては開発コストばかりがかかり、〈ジェネスタ〉ならぬ『ゼニステ(銭捨て)』などと悪口を言われたことがありましたが今や生産量は増える一方です」
 ちなみに2013年、クラレは公益社団法人高分子学会から「耐熱性ポリアミド9T〈ジェネスタ〉の開発と工業化」が認められ、「平成24度高分子学会賞(技術部門)」を受賞している。
 電子機器や自動車を問わず、〈ジェネスタ〉の大口需要家の多くは、開発初期に辛口の評価をつけたユーザーである。「こんなもの使い物にならない」と酷評した顧客が、今は一番の需要家となり、「〈ジェネスタ〉は価格が高いけれど、それでもなくてはならない樹脂」と評価する。

 〈ジェネスタ〉はなぜこのように高く評価されるのか。それは製品の特性とともに、開発から生産、営業が一体となった提案によるところが大きい。どんなに難しい課題でも粘り強く解決の糸口を探り続ける。解析技術を駆使して、ユーザーの設計段階の課題を解決する。こうした点が強みとなって、ユーザーの期待に応えることが高評価につながっているのだ。「なるほど素材としては高い買い物かもしれないけれど、当社の課題を解決してくれるのでトータルとしてはお買い得」。ここに需要拡大の鍵がある。
 ますます広がりを見せている〈ジェネスタ〉の用途。自動車部品分野をはじめ、電子部品やLED、照明器具、液晶パネルの分野で展開が進む。用途の広がりに合わせて、クラレでは〈ジェネスタ〉のラインナップの開発に余念がない。目線の先にあるのは、巨大なグローバル市場にほかならない。
 年々、事業が拡大する状況にあって太田は謙虚だ。「高機能プラスチック業界では年産1万3000トンという規模まで順調に拡大してきたものの、自動車業界では存在感はまだまだ。自動車産業になくてはならない高機能プラスチックのサプライヤーとしての地位を確立するため、これからの取り組みこそ重要だ」と気を引き締める。
 今後の大きな課題は、自動車用途のグローバルマーケティング体制の強化だ。製品化と市場開拓にいくつもの困難を乗り越えてきた〈ジェネスタ〉が、いよいよ世界市場での大化けの時期を迎えている。