kuraray 株式会社クラレ


トップコミットメント

トップ対談 伊藤正明×江上剛

素材技術の独創性を生かし、地球と社会のイノベーションに貢献する

クラレの原点を探る ~思想あるものづくり企業~

江上 : 私は以前、クラレに関する本を書かせていただきましたが、御社を知って実感したのは、思想、理念のある会社だということです。創業者大原孫三郎さん、2代目大原總一郎さんは数々の名言を残され、それが現在もしっかりとクラレに残っています。

伊藤 : そうですね。創業から積み上げてきた歴代の言葉や思想をいまの自分たちに照らして生かそうと、昨年、企業ステートメントを私たちの使命、信条(理念、行動原則)、誓約として再編し、国内外のグループのメンバーに浸透を図っています。

江上 : クラレは創立時に「二三のマーク」の社章を制定していますね。これは、たとえトップ企業となっても傲慢になって社会との関係性を見失ってはいけないことを表しており、その意味でも企業の社会的責任を重んじる会社といえるのではないかと思います。

伊藤 : このマークは、とかく物事は一番になると慢心を生じ、心が緩んでしまうから、いつも一番に迫ろうとする希望に満ちた二、三番の気持ちで努力すべきことを意味し、私どもの立ち位置をよく表したものです。いま、社長という立場に立って、あらためてこの意味するところをありがたく感じています。

江上 : 伊藤さんご自身の原点は生産現場だとうかがっています。

伊藤 : 昭和55年の入社後、最初に配属されたのが工場でした。そこで感じたのは、壊れた機械は直せばいいが、人間は壊れたら直せるものではない、血の通った人間というのは非常に大事にしなければいけないということです。そして、私は「厳しいけれども、温かく」をモットーに、仕事には厳しくとも、人に対しては温かい心で最大限の配慮をして一緒に歩んでいくことの大切さを学びました。

江上 : 大原總一郎さんも工場がすべての起点だとおっしゃっていますね。「産業の新階梯を創設して、国家社会に奉仕すること」、そして、イノベーションのない経済成長は真の成長ではない、常に新しい創意工夫の努力をしようと。

伊藤 : メーカーは、ものをつくるだけでなく、付加価値をつけるのが仕事です。価格は営業力にも依存して年によって違いはあるものの、基本的には市場が技術を評価した結果です。それに対していかに工場が工夫して効率を上げるか。つまり、毎日の利益はものづくりの現場が生んでいるのです。

働く仲間への責任 ~より良く生きる意義~

江上 : 社員に対して「より良く生きる」とおっしゃっていますが、社長のメッセージとしてはめずらしくユニークな印象をもちました。

伊藤 : 私はメンバーに「何のためにクラレで働いているのか」を問います。一義的にはお金を稼ぐためですが、もっと高尚に言うと幸せになるために働いているのだと思います。会社はそのために、安全に、安心して働ける場所を提供する義務があります。そして、誇りと喜びをもって働ける会社にしたいのです。

江上 : 家族、地域から「いい会社で働いているね」と言ってもらいたいですね。

伊藤 : はい。例えばビニロン繊維は製造工程が長いため、一旦機械を止めると再稼働するのが非常に大変です。かつては機械を止めずにトラブルを修復しようとして事故が多く発生していましたが、私がビニロン生産部長に就いた時に、生産性を犠牲にしてでもこのような危険な作業はやめようと呼びかけ一切禁止しました。幸せになるために働いている会社でケガをするようなことはあってはならないのです。

江上 : たしかに。まず経営者が社員の安全を第一に考えた行動をしなければ、社員に「より良く生きる」と言っても伝わるものではないですね。

最大の強みは独自技術 ~世のため人のため、他人(ひと)のやれないことをやる~

代表取締役社長 伊藤 正明 代表取締役社長
伊藤 正明 Masaaki Ito

江上 : クラレは戦後の占領下にありながら、国産原料にこだわって技術革新を進めてきた歴史をおもちですね。当時の工場綱領には「新しい技術で国民の利益を生み出す」という社会貢献に対する企業の志が謳われています。

伊藤 : 資源の少ない日本で、国産原料でまかなえるものを作る、これは起業家のロマンです。他から買えば安く、簡単にできる場合もあります。しかしクラレは、100年先を見据え、原料から自分でやらなければだめだと見抜いていました。そこに先見の明を感じます。

江上 : 最近、M&Aに積極的ですが、それによってそのようなクラレのDNAが薄くなっていく懸念はないですか。

伊藤 : いろいろな会社を買収しているように見えるかもしれませんが、当社のM&Aはポバールの独自技術が原点にあり、すべてポバールでつながっています。私はグループ入りした会社をまわって、社長や幹部に「クラレは技術の原点を大事にする会社だ」ということを理解してもらおうと繰り返し伝えています。その文化を根づかせていきたいのです。

江上 : M&Aで増えた海外の会社の人たちに、クラレの理念をどのように伝えているのですか。例えば、理念の一つである「同心協力」は海外の人には理解しにくいと思いますが。

伊藤 : 一昨年に仲間になった会社の場合には、最初の1年は自分たちのやり方かクラレのやり方かどちらかいい方をとってくれと言ってきましたが、その後はよく議論してくれと言っています。議論することによって、お互いに高め合い一つになって上のステージに行くこと、すなわち「止揚」、ドイツ語では「アウフヘーベン(Auf heben)」することができると思っています。その過程が「同心協力」ではないでしょうか。

江上 : クラレはかつてはもっと消費者に近かったように思いますが、最近は素材メーカーというイメージが強くなりましたね。その点はいかがですか。

伊藤 : 当社の直接の取引先は企業であることが多いのですが、その先にいる消費者を常に意識しています。これからの素材産業には、消費者に代表される世の中が必要とするものを作っていくことが求められています。先日、インドで「クラレの製品はどれも良いが、高くて良いものはいらない」と言われました。クラレ製品自体は高くてもそれを使えばトータルでコストが下がるメリットがあるんだったら買うというのです。本当のニーズとはそういうことで、これからのものづくりはそれを考えないといけません。

江上 : 素材メーカーのクラレがイノベーションを起こすと、非常に広い範囲に影響が及ぶでしょう。例えば、クラレの活性炭でどんな水でも浄化できる素材を作ったら、とてつもなく多くの人を救うことができます。

伊藤 : ニーズとシーズのバランスが大事なのです。私たちが独自素材であるビニロン繊維を持っていたから、アスベスト代替素材のニーズに応えることができ、ポバールフィルムを持っていたから、液晶パネル用偏光膜のニーズが出たときにぴたりとはまりました。逆に、ニーズばかりを追いかけていては逃げ水を追いかける如く、なかなか追いつかないでしょう。
世界的に社会課題が山積する中で、ニーズとシーズを結びつけるアンテナを用意して、独自の素材技術を生かして他人のやれないことをやり、真に地球や社会のイノベーションに貢献していきたいと思います。

江上 : それを期待しています。今日はクラレの思想や歴史を踏まえたお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

江上 剛

江上 剛 Go Egami

作家、コメンテーター。1954年1月7日生まれ、兵庫県出身。
1977年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。梅田・芝支店、本部企画、人事関係(総括部、業務企画部、人事部、広報部、行内業務監査室)、高田馬場、築地各支店長を経て2003年3月退行。97年「第一勧銀総会屋事件」に遭遇し、広報部次長として収拾に尽力。
その後のコンプライアンス体制に大きな役割を果たす。銀行員の傍ら、02年「非情銀行」で小説家デビュー。03年退行後、作家として本格的に活動。経済小説の枠にとらわれない新しい金融エンターテインメントを描いている。