kuraray 株式会社クラレ


製品はじめて物語(ビニロン・ポバール)

クラレ基盤技術の発展とともに

ポバールは1924(大正13)年、ドイツのヘルマン博士によって発明された水溶性の合成樹脂です。当社はこのポバールの量産化技術を世界に先駆けて確立し、50年には同樹脂を中間原料として、初の国産合成繊維・ビニロンの工業化を実現しました。その過程で蓄積された研究成果は、クラレの要素技術の基礎となり、現在のポバール事業を支える高機能品の開発に結びつくとともに、高機能性樹脂<エバール>、人工皮革<クラリーノ>、イソプレンケミカルといったオリジナリティ豊かな製品分野を次々と生み出す原動力となっています。

無謀な挑戦

ビニロン試験設備(倉敷)

ドイツで生まれたポバール(ポリビニルアルコール)は、日本で大きく発展しました。合成繊維の研究が日本でスタートしたのは昭和初期のことですが、1939年、その成果がひとつのかたちになります。京都大学・桜田一郎教授の指導のもと、国産合成繊維「合成一号」が誕生したのです。

早い時期から合成繊維の研究に着手していた当社は、この研究成果を受けていち早く工業化に向けた取り組みを開始しました。太平洋戦争の影響で一時中断しましたが、48年に試験設備を復元して研究を再開、ポリビニルアルコール系合成繊維の一般名は「ビニロン」と命名されました。ここから、ビニロンの工業化に向けた当社の挑戦が始まります。

社長の大原總一郎は、研究所のメンバーを自宅に呼び寄せ、工業化が技術的に可能かどうかを改めて確認しました。それに対し、メンバーは口を揃えて自信のほどを示したといいます。

翌49年、ビニロンの試験生産設備が稼働しサンプルができると、總一郎は思い切って東京・三越本店でビニロン製品の展示即売会を開催します。「日本初の合繊」に対する期待は想像をはるかに超え、吉田茂首相をはじめとする当時の政経済界の要人も相次いで来場しました。

しかし、量産化を進める段階になって、資金調達が大きな問題となりました。約14億円(現在の500億円に相当)もの大金が必要とされたのです。当時、当社の資本金は2億5,000万円に過ぎず、事業は一見無謀ともいえました。

資金調達のため、總一郎は日銀総裁にまで直談判し、協力を求めました。その時、總一郎は、「一企業の利益のために興す事業ではなく、日本の繊維産業を復興するものだ」と熱く弁じました。こうした熱意は、15の銀行による協調融資という形で実を結びました。

技術至上主義

ポバール

資金の目処がつくとすぐに工場建設に着手し、1950年にビニロンの本格的な生産がスタートします。しかし、同年6月に勃発した朝鮮戦争に伴う特需景気を背景に、ライバル会社が相次いで合成繊維に参入し、品質向上のための技術開発競争が一気に熾烈になっていきます。

他社が海外から生産技術を導入したのに対し、当社だけはあくまでも自社開発にこだわり、一時的に研究開発面で遅れをとることもありました。特に54年頃は、ナイロンなど他の合成繊維が伸びるなかで、ビニロンは製造技術面での困難さにより、後から参入したメーカーはことごとく撤退しました。そのため、資金を融資した銀行の一部が動揺するなど、当社は苦境に立たされました。

完成直後のポバールプラント(岡山)

この逆境を跳ね返したのは、技術を信じた研究開発陣とそれを支えた営業スタッフでした。研究開発陣が苦心の末、ポバールの部分重合法(*1)による強力ビニロン糸を開発したのを受けて、営業スタッフが漁網としての用途を開拓しました。次いで、学生服の分野でもビニロンは木綿を凌駕し、不動の地位を占めることになります。販売面では、当時、国の合成繊維事業育成策によって官需促進のための連絡会議が政府内に設けられるなど、官庁向けの商品の開発が進んだことが、その後の民間需要への拡大につながりました。59年になると、ビニロンの生産量は一段と増加し、当社全売上高の半分以上をビニロンが稼ぐまでに成長しました。

總一郎は生前、社内報の中で次のように語っています。「我々は今後とも、模倣や他人の知識の買収によって自己の水準を更新するという方法を、過大評価することを好みません。真にたのむべきものは自らのうちにある力のみであることを忘れるなら、それだけで将来の一切の希望を放棄すると同様の結果になるであろう」

この独自の技術開発力を最重視する当社の社風こそ、オリジナリティに満ちた付加価値の高い製品開発を可能にするものでした。

"パイオニア企業"としての自負

ポバール研究装置

当社は、ポバールの量産体制を構築して以来、一貫してその全量をビニロン向けに自家消費していましたが、1958年からはポバールの市販を本格的にスタートさせます。これは、繊維糊剤や紙加工剤として需要の伸びが期待されていたためですが、なべ底不況の影響でビニロンの需要が伸び悩み、減産を余儀なくされていたことも理由のひとつでした。

市販ポバールの需要が急増するなかで、当社は61年3月にポバール販売部を設置し、ポバールをレーヨン・ビニロンと並ぶ主力商品として位置づけました。内需・輸出を合わせた市販ポバールの生産量は、67年にポバール全体の3分の1を超え、72年にはビニロン向けを上回るまでに拡大し、当社はポバールのトップメーカーとしての地位を確かなものとしました。

ところが73年、第一次石油危機の影響もあって事態は一変します。急速に業績が悪化するなかで、当社はポバールの研究開発部門を大幅に縮小したのです。当時の市販用ポバールは汎用製品が大半を占め、ユーザーからみれば品質の差異が大きな問題になりませんでした。このため、「もはや研究する必要はない」という誤った判断に至ったのでした。

これを機として、年間数十件以上にのぼっていた特許申請件数は激減し、当社のポバール事業は、繊維加工や紙加工の分野を中心として次第に競争力を失っていきます。

ポバール研究所外観
(倉敷/2006年2月時点)

「このままではやっていけない」──現場の悲痛な声を受け、ポバールの研究開発は縮小から5年後、再スタートを切ります。研究開発の重点は、汎用品分野ではなく、競争力のある特殊な用途分野に絞られました。ポバールは一面で成熟期に達していたものの、様々な特性を付加した高機能ポバールに対する期待は決して小さくない、と考えたからです。

具体的な研究テーマは、それぞれのスタッフに委ねられました。功名心も手伝って研究開発部隊は一気に活性化し、スタッフ間の競争は厳しさを増しました。もともと汎用製品をつくる基礎技術のレベルが極めて高かったうえに、組織内の環境が整備された結果、特許申請件数は急増し、次代を支える画期的な研究開発へと結びついていくことになります。

未知の分野を切り拓く

ポバールの新聞広告

1970年代後半以降、紙加工剤や塩化ビニル重合安定剤に使われる機能性ポリマー、医薬品やファインセラミックス関係に使われる高純度ポリマー、熱溶融成形用のCPポリマーなど、当社の独自技術を生かした有力製品が相次いで登場します。なかでも、現在のポバール事業の基盤を支えている独自技術のひとつが、シラノール基変性(*2)ポバールの開発です。

紙加工剤の目的は、印刷用紙にポバール水溶液を塗布して、紙の表面強度を向上させ、印刷時に紙の表面が破れたり、紙中の無機填料(*3)粒子が印刷ロールに付着したりしないようにすることにあります。しかし、当時主流であった塗布方式では、既存のポバール水溶液は紙の中まで浸透してしまいます。そこで、ポバールに反応性基を導入し、ポバール水溶液が紙に接した時、紙中の填料等と反応することで増粘して浸透を少なくできないか──こうした発想から研究がスタートしました。

図書館での文献調査で得た「ケイ素(*4)は軽く、他の元素と結合しやすい」という情報をきっかけとして、研究は大きく前進します。ケイ素を含有するビニルモノマーと酢酸ビニルを様々な比率で共重合して鹸化(*5)することで、複数のシラノール変性度(シラノール量)を持つポバールを合成し、それぞれの性質を分析。その結果、ある変性度を境にして、水溶液を紙に塗布すると浸透が少なく、表面層に留まりやすいことが分かったのです。

シラノール基は反応性が激しく、変性度が高くなると水溶液の粘度安定性が悪化するため、用途や目的に応じた変性度を設定することには困難が伴いましたが、苦心の末に3種類のサンプル製品を完成させ、製紙業界への紹介を行いました。その中のひとつに、各社から強い引き合いが寄せられました。これが、後にインクジェット用紙の加工剤として用いられます。

インクジェットプリンタは微小なインク滴を紙に吹き付け、これが紙に塗布された無機顔料粒子に吸収されることで着色しますが、従来の加工剤では顔料粒子のインク吸収性が低下するため色が滲んでしまいます。シラノール基変性ポバールは、この滲みを抑えることができる画期的なものでした。

インクジェットプリンタは80年代に入って普及しますが、当社はまだインクジェットプリンタが市場に出回る前の段階で試験機を購入し、同機に適合した紙の塗工剤へと改良を重ねました。試行錯誤を繰り返した後に誕生したのが、現在のシラノール基変性ポバール特殊銘柄です。世界でシラノール基を持つポバールは当社の変性ポバールだけであり、ポバール事業の大きな収益源に成長しています。

当社は、このほかにも、LCD(液晶ディスプレイ)の表示に欠かせない光学用ポバールフィルムで圧倒的なシェアを誇るなど、競争力のある特殊ポバールの分野の開拓に努めてきました。今後も既存分野ではなく、前例のない新しい用途分野の開拓に向けた挑戦は続きます。

  • *1 重合とは、1種類のモノマーが、その基本構造(原子配列)を変えずに、2個以上が化学結合して、分子量の大きな化合物をつくる反応のこと。
  • *2 シラノールは、ヒドロキシ基がケイ素に結合した化合物です。また、変性は、ポバールに異種のモノマー単位を導入することで、ポバールの性質を変化させること。
  • *3 紙の平滑度・白色度・印刷適性などを高めるため、パルプに添加する顔料。
  • *4 元素記号Si。地殻中では酸素の次に多く含まれる元素。
  • *5 ポリ酢酸ビニルをアルカリの作用でポバールに変換する化学反応のこと。

(2006年制作)