天然ゴムの代替をめざして開発したポリイソプレンゴムは、操業直後にオイルショックの影響を受け、天然ゴムに対する競争力をまったく失いました。クラレは事業の存続をかけた構造転換に取り組み、現在のイソプレン事業の基盤を作りあげたのです。
イソプレンの構造モデル
(CACheバージョン5.5使用)
クラレは創業以来、天然物代替をめざしてレーヨン、合成繊維ビニロン、人工皮革<クラリーノ>を事業化してきました。次なるターゲットに定めたのが、供給 不足が予想されていた「天然ゴム」でした。1972年に鹿島コンビナートの一角に工場建設を行い、ポリイソプレンゴム(合成ゴム)を事業化しました。とこ ろが、翌年の第1次オイルショックにより、原料価格が高騰、全く採算割れの状況に陥りました。
ポリイソプレンゴム(合成ゴム)はイソプレンの重合物です。国内合成ゴムメーカーがイソプレンを抽出法(ナフサ分解で副生するイソプレンを抽出する方法)で生成したのに対し、クラレは合成法(ナフサ分解で副生するイソブチレンからイソプレンを合成する方法)を採用しました。この二段合成法は安定運転が難しく、反応収率も低く競争力のないプロセスでした。この課題を解決することが難関でした。

操業直後に破綻した事業に再生の道を示したのが、「一段法イソプレンモノマー合成技術」でした。特殊アルコールの液相分解試験をしていたときに、少量のイソプレンモノマーが生成しているのを偶然に発見、研究開発の末、イソブチレンから一段階でイソプレンモノマーを合成する技術を創り上げました。コストダウンとプロセスの安定を確立し、抽出法による他社のイソプレンと同等レベルにする目処が立ったのです。
この技術を活かした製法転換投資がたどった道も平坦ではありませんでした。会社全体の業績悪化などの社内事情で建設が一旦中止となってしまいます。しかし、「一段法の技術を陽のあたるところに出さねばイソプレン事業の明日はない」という関係者の執念によりプロジェクトが復活しました。こうした紆余曲折をへて一段法イソプレン工程が完成、プロジェクト担当者の“不眠不休”の努力の結果、1987年冬に新設備が稼動を始めました。
同じ頃、合成法によるイソプレンモノマー製造プロセスから副生していたイソプレノールを単独で生産できる技術を開発しました。これにより、ジオール、スペシャリティーズケミカルズの効率的な展開が可能となりました。振り返ってみると、当社が合成法という困難なプロセスに挑戦したことが、実り豊かな誘導製品群を生み出すことにつながったと言えます。
イソプレンモノマーの製法転換による競争力強化と、イソプレノールの単独生産という2つのプロセス転換によって操業15年目にしてイソプレン事業は独り立ちすることができました。
ファインケミカル分野への展開は、1977年に新潟県の中条工場内にイソプレン誘導体プラントを完成させたことに始まります。鹿島工場で製造したイソプレンモノマーにアセチレンやアセトンを組み合わせて、リナロール(スズランの香り)やゲラニオール(バラの香り)などの香料、ビタミンE原料のイソフィトール、化粧品ベースオイルとなるスクワランなどの化合物で新しい分野を切り拓きました。さらに、現在ではイソプレノールをベースにした香料・ピレスロイド系農薬中間体、各種医薬中間体などに事業を拡大しています。
ポリマー分野では、合成ゴムでは採算があわなくなったことから、生き残りをかけてイソプレンポリマーの未知の可能性を追求しました。その1つとして、液状のイソプレンゴム(LIR)を生み出します。LIRは世界でもクラレだけが生産している製品で、今でも中核製品として需要が拡大しています。さらにLIR開発で生み出した技術が、水素添加スチレン系エラストマー<セプトン>の事業化につながりました。1990年から生産を開始し、今では日本と米国で生産を行い、新たにブタジエンを出発原料にした製品も加えています。
現在では、各種製品群が、イソプレンという根からうっそうと太い枝をはりめぐらせた大樹のように繁り、大赤字だったイソプレン事業がクラレの第2の柱へと成長しています。
